元気があるうちに
10月28日。晴れのち雨🌦️ 閉鎖後147日目。
先週末、片道4時間運転したのは、ある人に会いに行ったから。
その人は、97歳で特別養護老人ホームのベッドの上にいた。
たぶん、25年ぶりくらいに会った。
意識ははっきりしていたし、言葉をいくつか交わしたけど、
私のことがわかっていたのかはよくわからない、他愛もない、あいさつ程度のことだった。
もう、点滴の針がさせないほどにやせ細り、長くないことは一目瞭然だった。
その人とは、とある理由で疎遠になった。
疎遠になった理由が、表面上はなくなった後も、疎遠のままだった。
もっと、きちんと話ができる時に、会って、疎遠になったことについて、率直にどう思っているか聞いてみたかった。
たぶん、その人も、そう思っていたことがあったかもしれない。
でも、会いに行くことはなかったし、会いたいと連絡がくることもなかった。
なんだか残念だなと思った。
そして、
その人は、よく来てくれた。ありがとう。と言った。母のことをよろしく頼む。とも言った。
死にゆく人は、自由になるから、残る者たちに、いろんなことを押し付けたくなるのか。
私も手術の前、何かあったら頼む。という内容のメモを残そうとしていたことを思い出した。
どんな苦労があっても、やりたいと思ったことは、やってみた方がいい。
やりきれなくてもいいから。
やれる元気がなくなってからでは遅い。
死に際に、その無念のうちを、よくわからないその願望を、誰かに押し付けてしまうのだ。
帰りの4時間の運転をしながら、そんなことを考えていた。
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