膵・消化管神経内分泌腫瘍(NEN)の診療ガイドライン 第3版 パブリックコメント用

膵・消化管神経内分泌腫瘍(NEN)の診療ガイドライン 第3版 が発行に向かっている。パブリックコメント募集用のドラフト  が開示されたので、差異を確認してみました。

なお、第3版は「パブリックコメント用/禁複製」というウォーターマークが入っているとおり、ドラフト段階であり、差異の抽出については、AIを使っています。以降の記載は、個人的な理解のために見比べてみたというだけなので、鵜呑みにしないでください。必要に応じ、ご自身で確認してくださいね。

直腸NET界隈で期待されていた、直腸NETの大きな悩みポイントの一つ、追加手術に進むかどうかの判断については、エビデンスがまだ弱く、明確な変更には至らなかったようですね。

しかしながら、何も進んでいないということはなく、第3版は、より厳格なエビデンス評価基準に基づきつつも、臨床的な実態や専門家間の合意を反映するために「弱い推奨」を積極的に活用し、将来の研究課題を明確にするなど、診療ガイドラインとしての深度と網羅性は高められているようです。今後に期待しましょう。

1 全体的な差異

1.1 ガイドライン作成の基本方針の更新

  • 第2版: 「Minds 診療ガイドライン作成の手引き 2007」に基づいています。
  • 第3版: 「Minds 診療ガイドライン作成マニュアル 2020」に基づいています。

ガイドライン作成の標準的な方法論が更新されているということかと思います。マニュアルは確認していないのでわかりませんが、次の質問の種類と推奨の表現が変わっているのも、その影響かもしれません。

 1.2 文献検索期間の拡大と最新情報の取り込み

  • 第2版: 文献検索期間は1983年から2018年まででした。
  • 第3版: 文献検索期間は2010年1月1日から2024年5月31日までとされており、より最近の情報が網羅されています。また、論文作成前の会議録の段階のエビデンスも積極的に取り入れる方針が明記され、最新の実臨床への反映が重視されています。

1.3 質問の種類と推奨の表現

  • 第2版: 主に「CQ」と「COLUMN」で構成されています。
    • 推奨グレードは「A(強く勧められる)」、「B(勧められる)」、「C1(科学的根拠はないが、勧められる)」、「C2(科学的根拠がなく、行わないよう勧められる)」、「D(行わないよう勧められる)」の5段階です。
  • 第3版: クリニカルクエスチョン(CQ)、フューチャーリサーチクエスチョン(FQ)、ベーシッククエスチョン(BQ)の3種類に明確に分類されています。
    • 推奨の強さは「強い推奨(1)」と「弱い推奨(2)」で示され、エビデンスの確実性(A:強、B:中、C:弱、D:非常に弱い)と組み合わせて表示されます。特に「弱い推奨」は、エビデンスが乏しい領域で臨床現場の混乱を避けるために用いられ、解説で詳細が記載されます。
    • 「強い推奨(1)」は、「すべて、またはほとんどの場合で推奨される選択を行うこと」を意味し、通常はエビデンスA(強)と組み合わせられます。
    • 「弱い推奨(2)」は、「利点が欠点を上回る可能性は高いが確信度が低く、多くの場合には推奨されるが、そうでない場合もあり得ること」を意味し、エビデンスB(中)、C(弱)、D(非常に弱い)と組み合わせられます。
    • エビデンスが乏しい領域では、たとえ専門家間の合意が高くても、「弱い推奨」に留めるという厳格な方針が採用されています。これは、臨床現場の混乱を避けるために、解説内で詳細な情報を提供することで補完されます。

1.4 新しい治療法や概念の導入

  • 第2版: ソマトスタチン受容体シンチグラフィ(SRS)が2015年9月に保険承認されたことや、エベロリムス、ランレオチド、プラチナ系薬剤を含む併用療法(NEC向け)の保険適用状況の変更に言及しています。PRRTについては治療アルゴリズムの中で触れられているものの、第3版のように独立したCQや詳細な強い推奨はありません。

  • 第3版: PRRT(ペプチド受容体放射性核種療法)が明確に全身療法の一部として含まれ、切除不能NENに対して「強く推奨する(1)」とされており、エビデンスレベルも「A(強)」とされています。これはPRRTが2021年6月に保険承認されたことを受けています。また、未発表の臨床試験の会議録段階のエビデンスも積極的に取り入れています。

 1.5 遺伝性腫瘍

  • 第2版: MEN1に加えてVHL病に関する記載が追加されています。
  • 第3版: スコープとして「遺伝性腫瘍に対する治療方針」が明記され、MEN1やVHL病に関する具体的なCQやBQが設けられています。

1.6 患者の価値観への配慮

  • 第2版: 評価委員に患者が含まれていた旨の記載はありますが、第3版ほど詳細な言及はありません。
  • 第3版: 推奨決定において、エビデンスの確実性に加えて「患者の希望や状態、社会状況等」を総合的に考慮したと明記しています。特にエビデンスが不十分な領域では、患者の価値観や好みを慎重に検討したと述べられています。

2 直腸NETに関する差異

直腸NET(結腸・直腸NETを含む)に関する主な変更点は以下の通りです。

2.1 10mm以下の結腸・直腸NETに対する内視鏡的切除

  • 第2版(内科・集学的治療 CQ 1-3): 腫瘍径1cm未満、深達度粘膜下層まで、画像診断でリンパ節・遠隔転移なしの直腸NETは内視鏡的切除が推奨される(グレードB、合意率100%)。推奨される手技としてEMR、ESD、TEMが挙げられています。
  • 第3版(結・直腸 CQ1): 10mm以下の結腸・直腸NETに対して内視鏡的切除を行うことを弱く推奨する(推奨の強さ:3(弱い))。エビデンスの強さは**C(弱い)**とされています。合意率は100%であり、そのうち67.2%が「強く」推奨することに賛同したにもかかわらず、「弱い推奨」にとどまった理由として、「アウトカム全般に関するエビデンスがまだ十分でなく」厳格なエビデンス評価を適用したことが示唆されています。

第3版では、エビデンスレベルがより厳しく評価され、形式的には推奨の強さが「グレードB」から「弱い推奨(C)」に格下げされています。これは、臨床的な合意が非常に高くても、質的なエビデンスが不足している場合には「弱い推奨」とするという、第3版のより厳格なガイドライン作成方針を反映しています。

2.2 内視鏡的切除後の追加手術を考慮する因子:

  • 第2版(内科・集学的治療 CQ 1-3 解説): 脈管侵襲、多数の核分裂像、Ki-67指数高値、高グレード(G2)を認める場合は追加治療を検討すると記載されています。
    特に脈管侵襲陽性例について、特殊染色で陽性率が高まる一方で、再発・転移がほとんどないとの報告もあるため、追加手術を行わずに経過観察できる可能性も残されるが、現時点では十分なエビデンスがないとされています。
  • 第3版(結・直腸ーBQ1): 追加手術を考慮する因子として、腫瘍径 >10mm、固有筋層浸潤、静脈侵襲・リンパ管侵襲陽性、水平/垂直断端陽性が明確に挙げられています。
    脈管侵襲に関しては、特殊染色による検出率の増加と、それらの症例で追加手術なしに再発・転移が認められないという後ろ向き研究の報告があることに言及しています。しかし、「現時点ではエビデンスが不十分であり、適切な経過観察法も確立されていない」とし、大規模な前向き研究の必要性を強調しています。
両版ともに脈管侵襲の診断上のジレンマに言及していますが、第3版では追加手術を考慮する因子をより具体的に列挙し、今後の研究課題として明確に位置づけています。

2.3 遠隔転移を有する結腸・直腸NETに対する根治的切除

  • 第2版: 結腸・直腸NETの遠隔転移に対する根治切除に関する明確なCQや詳細な議論は提供されていません。
  • 第3版(SR-15 FQ): これを「フューチャーリサーチクエスチョン(FQ)」として新規に設定しています。システマティックレビューを試みたものの、関連する文献が抽出できなかったため、CQからFQへ転換されました。現時点では明確な根拠はないが、臨床現場では耐術可能な症例に対して外科切除が行われていると述べており、今後のランダム化比較試験によるエビデンス確立が期待されています。
第3版では、この領域がエビデンスが不足している重要な臨床課題として新たに認識され、今後の研究が必要な領域として明確に位置づけられました。

2.4 局所にとどまる結腸・直腸NECに対する切除

  • 第2版(内科・集学的治療 CQ6 解説): 膵・消化管NEC全体として「手術適応は明らかでない(推奨なし、合意率100%)」とされています。
  • 第3版(結・直腸ーNEC): 局所にとどまる膵NECに対して切除を行うことを弱く推奨する(推奨の強さ:3(弱い))。エビデンスの強さはC(弱い)。合意率は96.6%と非常に高いです。解説では、疾患の希少性からエビデンスレベルの高い報告はないものの、いくつかの後ろ向き研究から予後延長効果が期待できる可能性が示唆されたため、「無理なくR0達成可能な病変に切除を行う場合が多く、弱く推奨する」と判断されたと述べています。
第2版で「推奨なし」とされていた局所NECに対する外科的切除が、第3版では「弱い推奨」として示されたのは大きな変更点です。これは、限られたエビデンスと高い専門家間の合意に基づいて、臨床的な意義が認められるようになったことを示しています。

おわりに

今回のガイドライン改訂は、より厳格な科学的根拠に基づきつつも、臨床現場の課題や患者さんのニーズに寄り添おうとする姿勢がうかがえます。特に、希少がんである神経内分泌腫瘍において、限られた症例数の中でガイドラインを策定することの難しさを改めて感じます。

今後も研究が進み、直腸NETの患者さんにとって、より明確で効果的な治療選択肢が増えていくことを期待したいです。

この記事が、直腸NETと診断された方々や、そのご家族にとって少しでも参考になれば幸いです。ご自身の治療方針については、必ず専門の医師と十分に相談し、納得した上で決定してください。

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